程なくして。 見事に狼という獲物をゲットし、俺と火乃木は食事にありつけた。 狼を解体して、部位ごとに切り分けて、串代わりの木に突き刺して焼く。 流石に解体するところは火乃木は見たがらなかったので俺一人で解体した。 で、今俺と火乃木は食いきれぬほどの量の狼の肉を二人で囲って焼けるのを待っているところなのだ。 火乃木はさっきのノーヴァスとシャロンとのやり取りが気になっているのか、ずっと不安げな表情のままだ。 「火乃木」 「ん?」 「さっきからどうしたんだ? 何を考えてる?」 「え? ううん、なんでもないよ」 少し慌てて否定する。しかし、なんでもないなんてことはないだろう。 「さっきのノーヴァスとのやり取りが気になっているのか?」 「うん……それもあるけど……」 言いにくそうに言葉を濁《にご》らせる。他に何かあるのか? 「最初は気のせいかな……って思ったんだけどね……」 「うん」 「足音……みたいなのが聞こえるの。それも今朝から……」 「足音?」 「さっきもあのおじさんと話していたとき聞こえたでしょ? ドンって音が……」 「ああ」 「あの音が、今も聞こえるの……大分遠くに行ったみたいだけど」 足音……なのか? あの音は。 確かにそんな気がしないでもなかったが……いや何度も断続的に聞こえたことを考えると確かに足音と言うほうが納得できるかもしれない。 だけど、野生動物の足音にしては大きすぎると思う。 仮にそうだとしたら……今朝俺が聞いた木が折れるような音はなんなんだろうか? 「取り合えず、今は気にしても仕方がない。食事の方を最優先しようぜ」 「うん……そうだね」 「お? これなんかもう十分食えるんじゃないか?」 俺は狼の肉を突き刺した木を一本抜いて火乃木に渡す。 「ほら、先に食えよ」 「え? いいの?」 火乃木は目を丸くして答える。 「ああ。俺に気なんか使うな。どの道他にも肉はあるんだから」 「そ、それじゃあ。いただきます」 火乃木が小さな口で狼の肉にかぶりつく。 「うっ……美味しいとは言えないね」 「調味料が何もないから特有の生臭さも取れないからまあ、仕方ないっちゃあ仕方ないわな」 「そうだね。我慢しなきゃね。命を食べるわけなんだから」 「そう言う事だ」 「うん……」 俺も一つ焼けたので食べることにする。 「う〜む確かに美味いとはお世辞にも言えんな……」 味付けをまったく施していない肉がこれほど食いづらいものだとは……。普段自分達がどれだけ調味料の恩恵を受けているのかが分かるというものだ。せめて塩が欲しいぜ。 「なんか……昔を思い出すなぁ」 「昔?」 火乃木が唐突に語りだす。そう言えば、俺と出会う前の火乃木ってどんな子だったんだろうか? 「興味あるな、火乃木が子供の頃どんなんだったのか。あ、今も子供か」 「あ、ひどいな! ボクもう子供じゃないもん! 胸だって出てきてるし、背だって伸びてるもん! レイちゃんよりも!」 「あはははは! そうだったな」 「え?」 「……ん?」 火乃木の奴どうしたんだ? 突然動きが止まったが。 「あ、ああ、ううん! なんでもない! なんでもないよ! あ、あは、あははははは!」 あ、そうか。 いつもならこのタイミングで俺がチョップか何かしてるところなんだ。 いつもはあるはずのものがないから火乃木としては肩透かしを食らったような気分だったのかもしれない。 かといってこのタイミングでそれをやるわけにも……。 「ありがとう。レイちゃん」 「え? 何が?」 「ボクは……もう大丈夫。だからいつもみたいに接してくれると嬉しいかな……って、思っちゃって……」 「火乃木……」 「あ、あはははは。へ、変なこと言ってるかな?」 「いや……」 俺は火乃木の頭にゆっくり手を乗せた。そしてゆっくりとその頭を撫でる。 「あ……」 「わかった。本当にいつもどおりにするからな?」 「う、うん」 「じゃあ……」 俺はさっき火乃木が言った台詞を思い出した。 『胸だって出てきてるし、背だって伸びてるもん! レイちゃんよりも!』 「俺より背が伸びてきてるって言った口はその口かぁー!」 火乃木のほっぺを俺は両手で引っ張る。理由は単純。ムカついたから。 「ふがふがふがふがあああ!!」 続いて火乃木も俺の頬に手を伸ばす。 ああ、下らない。でもそんな下らないやり取りは俺達にとっては大事なものなのかもしれない。 そんなやり取りをしつつ、俺達はそれほど美味しくもない狼の肉で腹を満たしていった。 「食い終わったか?」 「うん。もうおなか一杯だよ」 「そうか。火乃木、これから森の中を探索しようと思うけど。お前はどうする?」 「探索?」 「そう探索」 「まだ狼の肉だってたくさんあるから、無理に夕ご飯の準備する必要ないんじゃ……」 「いや、それとは別の理由でだ」 「……?」 俺の台詞に火乃木は首をかしげる。 まあ、仕方がないだろう。俺達がここにいるのは本来ならほとぼり冷めるまでの時間稼ぎ的な意味合いが大きい。 火乃木自身は少なくともそう思っているのだろう。 だが、俺にはそれ以外に理由が出来たのだ。分からないことはたくさんある。 ノーヴァスとシャロンの関係。 その二人が何故ここにいるのか。 この森で今朝から聞こえる巨大な音は一体なんなのか。 そして、ノーヴァスとシャロンが現れる前に見た、あの赤いスライムと虫。 全てを知ることが出来るかはわからないが、可能な限り動いてみたい。 特に赤いスライムと虫。これはエルマ神殿の事件解決への糸口になる可能性がある。 なんとしてもその正体を突き止めたいのだ。 「この森には何かがある。俺の勘だけどな。その何かを俺は知りたい」 「何かって……なに?」 「何かは何かさ。それがなんなのかは俺自身でもはっきりしていない。だけど、どうしてもそれを知りたんだ」 「レイちゃんがそう言うなら……ボクも付き合うよ」 「そうか、ありがとう」 「うん」 「火乃木ぃ。大丈夫か?」 「うん、ハァ、ハァ……大丈夫だよ」 そういう火乃木は笑っている。しかし、その笑顔が無理しているものであることは見れば分かる。さっきから小さく肩で息をしているのがその証拠だ。 変身を解除したからある程度の体力はある程度あるとはいえ、やっぱり長時間歩くのはきついか? 俺と火乃木は今森の中を探索している。 すでに探索開始から一時間近くは経っているはず。俺の勘だと。 さっきから知らず知らずのうちに緩やかな坂を登っている気がする。 そのせいなのか、俺も少しばかり足が痛い。 「無理するなよ。休みたかったらちゃんと言うんだ」 そう言って大人しく言うことを聞くような奴でもないんだがな。 「うん……ハァ、ハァ」 ここで無理に休ませるのは火乃木に対して失礼だろう。 自分の体を酷使することに繋がるとしても、本気になって頑張っている人間に無理に休めなんてことを俺には言えない。 もちろん、その人間の体力を考慮したうえでのことではある。 俺にはわかる。火乃木は今でも苦しんでいる。 エルマ神殿で亜人としての姿をさらしてしまう切っ掛けを作り、このような状況に追いやってしまったこと。 いくら元気を取り戻したといっても、その心の奥底では常にその罪悪感と戦っているはずだ。 こういうときに俺に出来るのは普通に接することだけだ。 そして、火乃木自身の心に決着がつくまで。俺はそれに触れないように動く。それでいい。 火乃木はきっと自分の心に決着をつける。いやそのときは必ず来る。俺はただそれを待つだけだ。 それにしても妙だ。 狩猟のためにある程度森が切り開かれていることくらいはあるだろう。だけど普通なら大量に生い茂る草によってこんな森の奥深くを通行できたものではないはず。 しかし、俺達が歩いているのは明らかに人間の手入れが行き届いた道だ。 草はきれいに刈られ、砂利もなく、平坦な道が人間の手が入っていることを物語っている。その上道幅も十分に広く馬車くらいなら十分に通ることが出来る。 これが何を意味するか? どれだけきれいに草を刈って、平地にしたって誰かが手入れしなければ草は生え放題になる。人間が暮らす領域には石を敷き詰めて道を石畳にすることによってそれを防いだりすることもあるだろう。 だが、ここは森の中だ。 石畳で地面を生める必要があるほどに多くの人間が生活しているわけではあるまい。 つまり、この道の先には誰かがいるということになる。 そう、誰かが、誰かが居を構えているのだ。 そうでなければここまで整理された平地の説明がつかない。 だとしたら、誰が居を構えているのか。 考えられるのはあのノーヴァスとか言う男だ。 もちろんここまでは俺の想像の範囲の話。だが考えられなくはあるまい。 「レ、レイちゃん……」 「どうした?」 「ちょっと休んでもいいかな……ハァ……ハァ」 今まで無理してきたせいか、火乃木の表情は満身創痍といった感じだった。 「わかった。一休みしよう」 「うん……」 無理すんなよ。火乃木。 火乃木は平地から少しはずれのところにゆっくりと座り木に寄りかかる。俺もその隣に座ることにした。 「ハァ……ハァ……」 「疲れたか?」 「うん……」 「そうか……」 俺はゆっくりと空を見上げる。日はまだ高い。大分森の奥深くまで来たが、道が切り開かれているから遭難すると言うことはないだろう。 「俺も疲れた……」 そういいつつ俺は火乃木の表情を伺う。 肩で息をする火乃木の全身からはうっすらと汗が浮かんでいる。背中が大きく開いている黒のノースリーブも火乃木の汗を吸ってほのかに汗ばんでいるのがわかる。 即頭部の白い角、背中の赤い翼。その二つが火乃木が人間ではないことを自己主張している。 亜人……か。 そうであるだけで、火乃木は今までとても苦労してきた。 人間と亜人の関係は対立関係だ。 そういう風に考えている人間にとっては俺にしろ火乃木にしろ、どちらかが異常に見えるんだろうな。 そんなことを考えていると火乃木が口を開いた。 「ムシムシしてて……気持ち悪い……」 「そうだな……」 昨日から着替えなんてしてないからそれも致し方あるまい。 それに俺だって暑い。 「近くに川……ないかな」 「確かに水浴びくらいはしたいな。服だって洗濯とは言わないまでも、水洗いくらいしたいところだ」 「うん」 「辛いなら、少し寝ておけ。2、30分くらい休んでそれからまた探索しようぜ」 「うん。ねえ、レイちゃん」 「なんだ?」 「この森、なんかおかしい気がする」 「気づいたか?」 「うん。森の中にしては人が通るために整理された平地ばっかりだし」 そうか火乃木も俺と同じ違和感を抱いていたわけか。 「レイちゃんが森の中を探索するって言ったのはこういうことだったんだね?」 「そういうことだ……」 火乃木もこの森に何かあるということに薄々気がついたみたいだ。 俺と同じ考えに至っているかは別にして、やはり素人でもこの森の違和感に気づく。言うなればこの森の状態は異常なのだ。 人が通れるように整理された道は本来なら、万人の人間が通行するために、国や町が行う。 この森はどう考えてもその類《たぐい》ではあるまい。 「眠い……少し、眠るね」 「ああ」 疲れは眠気を生む。火乃木は木を背に瞳を閉じた。 俺も寝たいところだが、野生の動物が現れる可能性もあるというのに、昼から二人揃って眠るわけにはいかない。 俺が火乃木を守らなければ。 それから三時間ほど経った頃。 「ん……?」 「起きたか? 火乃木」 ずっと眠っていた火乃木がようやく目を覚ましたようだ。 「う、うん。ふ、ん〜〜〜」 思いっきり伸びをする。それなりに疲れも取れたようだ。 「レイちゃんは? 寝てないの?」 「……いや、ちゃんと寝たぞ」 俺は咄嗟《とっさ》に嘘をついた。 俺の状態なんて気にしなくてもいいんだ。火乃木。お前は色々考えすぎる。 考え方が慎重だったり、他人のことを気にしすぎる人間は、得てして身動きが取れなくなるものだ。 「そう? ボクだけ休んでたら……なんか悪いから」 「大丈夫だって! さあ、探索の続きするぞ! 日が落ちる前に狼の肉がおいてあるところまで戻らなきゃならないんだからな」 「あ、待ってよぉ!」 俺と火乃木はさっきと同じように歩き始めた。 |
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